『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』

イタリアのとある音響スタジオ。魔女を題材にしたB級怪奇映画の音どりがなされている。そこへ音響技師ギルデロイがイギリスから赴任。しかし、彼はもとより映画の内容を知らされていなかった。連日スクリーンに映し出される陰惨なシーン。女癖の悪い監督。そもそもやる気がなく途中で仕事を投げ出す女優。お役所仕事で旅費すら払ってくれない経理担当。言葉もわからぬまま、異様な環境に囲まれた彼は、次第に自分を見失っていく...。



この映画のミソは、彼が狂気へと陥るカギとなる「映画」の映像が作中一切映し出されないところである(ちなみにその「映画」のモデルは雰囲気からして『サスペリア』ではないだろうか)。そのかわりタイトルに相応しくそのなかの「音」が創り出される内幕が描かれる。例えば人がめった刺しにされるシーンはスイカやキャベツを割ったり潰したりする音、というように。しかし、その映し方はやけに官能的だ。むしろ実際に人が刺されている映像よりもエグく感じてしまうほど。係の男が叩き潰したスイカを主人公に「食べろ」と手渡すシーンはどこか犯罪的な香りすらしてくるのである。また、時折挿入される作動中の音響機器のアップ映像も妙に艶めかしい。



主演のつとめたトビー・ジョーンズの小柄な体格、やさし気だが弱弱しい挙動、故郷の母との親密な手紙のやりとり...。それらから感じるのは「親離れできず守られた環境にいた者」という印象だ。この映画は、そんな、中年だがまだ子供、な男がいきなり暴力と欲の渦巻く不条理な世界に放り込まれた姿を描いている。



というような主題とくれば、「あのひと」の映画を思い出さざるを得ない。



映画の全体的に不穏なトーンや、スタジオに点滅する「お静かに」(「シレンシオ」!)の文字、最後に現れる白い光などなど。



デヴィッド・リンチである。



作り手は完全に意識的だろう。はじめは「二番煎じ」か?と思ってみていたのだけど、途中で考えが変わった。違う。これは「リンチオマージュ」なのだ。と。



つまり、トビー・ジョーンズという役者を使ったのも、先に述べたような物語的必要性とともに、ツイン・ピークスの小人オマージュなのだ。そう考えると、あの受付嬢が同じくツイン・ピークスのオードリーにそっくりなのもわざとなんだな。きっと。



ただ、デヴィッド・リンチのことを知らないと楽しめないかというとそういうわけではなく、これはこれじたいとしてしっかりとしたスリラーになっている。それぞれの体験を投影してみることも可能だろう。僕が思い出したのは、初めて親の庇護を離れ、社会人になり、周りを異人種に囲まれたときの、あのなんともいえない不安/恐怖感である。



この主人公のようにそれらと同化し、自分も狂気の世界へと足を踏み入れるか、自分を保ちつつうまくやっていくか、それはそのひと次第である。



『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』予告編